8.公園の白百合II<75>早くも陽が傾き始めた、短い冬の午後。 オレンジ色に彩られていく公園で、一本の長いマフラーで結ばれている私たち。 地面に長く伸びる私たちの影も、影と影は一条の帯で繋がっている。 今の私たちは、周りから、どのように見えるんだろう。 当然、仲が良いようには、見えてるだろうけど。 何に見えるんだろう。 私たちは、何なんだろう? そんな事も考えてしまうけど、私はしばらく麻衣ちゃんと、そのまま無言で見つめ合っていた。 麻衣ちゃんが、私の両肩に手を置いて、言う。 「もう、どこへも行かないでね。」 「それは、私じゃないよ。」と、すぐに私は返したけど。 「だってそうじゃない。・・・今日だって、一人で勝手に勘違いしてさ。さっさと帰っちゃうつもりじゃなかったの?」 そう、麻衣ちゃんは、少しだけ責めるような口調で。 「う・・・。麻衣ちゃんのいじわる。」 少し赤くなって、口をとがらせる私。・・・確かに、その通りだったんだけど。 「・・・だからね、こ・・・こん・・・。」 なに? ・・・麻衣ちゃんは、何を言い淀んでいるんだろう? そう思って、麻衣ちゃんの口を見ていると、一度、大きく深呼吸したみたいな感じがあって、それから。 「婚約しよう? 愛ちゃん。」 え・・・。 ちょ・・・。 私は、もう唖然としてしまって。こんな時、何て言ったらいいんだろう。 「・・・お願いだから、そんな目で見ないで。」って、少し笑った麻衣ちゃんは、 「だからさ。あたしたち、好き同士で、仲良しだけど、仮にいま、結婚しようって言っても、できないでしょう?」 そんな事を言ったけど。・・・それは、まぁ、当然のことで。 「だから、約束するの。あたしの準備ができてて、愛ちゃんの準備ができてて、世の中が認めてくれるようになったら。その時は。」 私は唖然としたまま、麻衣ちゃんの突拍子もない話を、ただ聞いているだけで。 そりゃ、同性婚を認めようとする動きが国内外で徐々に出ているのは、聞いた事があるけど。 麻衣ちゃんは、どこまで本気なのか、 「婚約中の人たちは、例えば若い人なら、卒業や就職や成人を待ったり、何かの条件の成立を待つんだろうけど、私たちは、待つものが少し違うだけなんだよ。 私たちも、今の段階で結婚はできないけど、婚約者にはなれるんじゃない?」 ・・・そんな事を言う。 「それは・・・例えば、法的にどうなの?」 何とか、それだけ言葉にする私。 でも、麻衣ちゃんは、涼しい顔で、 「他の人は関係ないよ。約束するのは、あたしと愛ちゃん。」 婚約って・・・。 確かに、婚約自体には、所定の形式とか、届出の義務なんて無いはずだけど。 婚約者。許嫁。フィアンセ。・・・麻衣ちゃんと私が? ・・・麻衣ちゃんが、私の。・・・私が、麻衣ちゃんの。 「じゃぁ、じゃぁ、訊くけど、それ、人に自慢してもいいの?」 そう、私が訊くと、麻衣ちゃんは、 「人に言っても、『それは何の冗談?』って笑われるのがオチだよ、きっと。」 って言ったけど。 でも、それぐらい冗談に聞き流して貰えそうな方が、きっと口にしやすいんじゃないかな、って、私は思う。 麻衣ちゃんは、続けて、 「だいいち、相手があたしで、自慢になるはず、無いじゃない。」 そんな風に謙遜もしたけど。そんな事は絶対にない。 「なるよ。十分。」 「そう言ってくれるのは嬉しいけどさ。・・・で、どうなの。約束するの、しないの?」 麻衣ちゃんは、私の顔を正面から見つめていて。 「それって、麻衣ちゃんと添い遂げてもいい、って事?」 私が、また違った表現を持ち出すと、一瞬、麻衣ちゃんは動揺したみたいだけど。 「・・・ドンと来い!」 すぐに、そう言ってくれたのは、もちろん嬉しいんだけど。 「・・・無理しなくてもいいよ。麻衣ちゃんがそう言ってくれただけで、私、今のままで十分幸せだから。」 私がそう言うと、すぐに、 「違うよ。・・・無理なんかしてない。あのね・・・。愛ちゃんには数日でも、あたし、この日を一年半も待ったんだよ。あたし、今からもう一年待てって言われたら、できるか判らない。だから、あたしを、安心させて・・・。」 俯き加減でそう言うと、倒れ込むようにして、私の肩に顔を乗せてくる麻衣ちゃん。 私は、それを受け止められるように、身体の重心を少し前に移す。 確かに、今の私は、何日か前に目覚めてから、皆に置いて行かれる辛さを切実に感じていたけれど、それはまだ数日のこと。 だけど、麻衣ちゃんは、私の事を忘れる事も許されず、一年半もの長い期間を、ただ一人で待っていてくれた。 私は、それを文面でしか知らないけど、もし立場が逆だったらと考えると、やっぱり想像を絶する辛さがあったんじゃないかと思う。 だから、麻衣ちゃんが、もうゴールしたいって思うのも、感覚的には判る。 だからこそ。今、この話は受けられない。 ここで私に寄りかかっているのは、普段の麻衣ちゃんじゃないから。 私が、心配させて、疲れさせて、無理をさせた麻衣ちゃんだから。 一度口にすると引っ込みの付かないような、未来に渡って効力を持ち続けるような、そういう言葉を、今の麻衣ちゃんにはっきりと言わせてしまう事は、私には・・・。 私は、自分にもたれ掛かっている麻衣ちゃんの方に視線を少し動かす。 長い髪に覆われていていて、麻衣ちゃんの俯く横顔の表情は見えない。 でも、麻衣ちゃんの首には、私の首にかかるのと同じマフラーが見える。 私が編んだ。私が巻いてあげた。 このマフラーだけで、気持ちは十分受け取ったから。 赤い糸を意識して、このマフラーを結び合った事だけでも、麻衣ちゃんを、かなり縛り付けてしまった気はするけど。 でも、私は何も口に出してないから。すぐに冗談にできる。勘違いにもできる。 私は、麻衣ちゃんの申し出を断ろうと思って、少し息を吸い込んで、改めて、自分の肩に乗せられた麻衣ちゃんの横顔に視線を向けて。 その視界の隅に、寄り添う私たちの足元で、少し不安げな表情でずっと私たちを見つめていた小さな瞳に気付く。 私と目が合った、その視線の持ち主・・・、麻衣ちゃんの姪っ子は、 「あいたん。まいたんと、けっこん、すゆの?」 舌っ足らずな、小さなお口で、そう言った。 多分、この子はまだ、男性も女性も、それ以外の事情もなく、好きな人同士は結婚するのが当然、っていう認識の年頃なんだね。 「・・・どうしようかな? どうしたらいいと思う?」 思わず、子供の会話に大人が引っ張られるように、私がそう答えると。 私に触れている麻衣ちゃんの身体が、一瞬だけ硬くなったような気がしないでも無かったけど。 「あいたんは、まいたん、しゅき?」 真っ直ぐな目で私を見る麻衣ちゃんの姪っ子が、そう訊いてきて。 私、この子には、隠す事も、嘘をつく事も無いから、 「うん。大好きよ。いっぱい、好き。」 って正直に答える。 「まいたんも、あいたん、いっぱい、しゅきだよ。」 「そうなの? うん。嬉しいな。」 ・・・その御本人も、ここにいて、多分、この会話も全部聞こえてるはずなんだけど。 「あいたん。しゅきなのに、けっこん、ちないの?」 ストレートにそう言い切ったこの子は、麻衣ちゃんと私が好き合ってる事を、多分、人から教えられて知ってて。 今、私たちが話した内容に結婚という単語が出て来たのを聞いて。 そして、私が否定的な答えを出しかけたのを敏感に察知した。 責める色とかは見えなくて、ただ不思議に思った事を口に出した、そんな感じで。 結婚。 麻衣ちゃんとは、ちょっと出来そうにないもの。 いや、別の国で、とかいう裏技もあるし、未来永劫、絶対に無理、とまでは言わないけれど、今を生きる私たちが目標にするようなものじゃないと思う。 私たちは女の子だから、惹かれ合う過程で、結婚を前提に、なんていう事は、少なくとも真剣に考えたりしなかった。 男女のペアがする事をトレースしたい訳じゃなく、私たちには、私たちにしかない、別の幸せが有っていいはずだから。 だけど。そんな言い方をしてみても。 運命に思える出逢いがあって。胸がときめく高鳴りがあって。 ずっと一緒にいたいと思って。その人の一番でいたいと思って。 手を繋いで。腕を組んで。抱き合って。助け合って。愛し合って。 細かく分解して文字にすればするほど、私たちは、このまま結婚へ進んでいく人たちと、何も変らない軌跡を残していた。 一人ぼっちだと寂しいから、誰かと支え合って生きていきたい。 相手は、自分に一番ぴったりと信じられる人がいい。 その人と、他人同士からでもなれる、一番近い間柄になりたい。 それの意味するところが、結婚というニ文字で説明されるものなら。私は麻衣ちゃんと結婚したいんだと思う。 でも。頭の中で妄想するのと、それを口に出すのとは違う。 この国の、この時代は、あんまり優しくないから。 「あいたん。けっこん、しらいの?」 ・・・こんなまっすぐな質問には、どう答えたらいいんだろう。 あのね・・・。 まず、何よりも、私たちは女の子同士だから。 それから、私は今、中途半端な状態で、お仕事もしていないし、勝手に他の仕事にもつけなくて。 これが男の子と女の子なら、籍は別々でも、内縁とか事実婚って認めて貰えるんだけど。 自分では最愛の人、運命の人と思っていても、書類に書く続柄は、単に同居人。 同居して、助け合って、夫婦同然に暮らしたとしても、麻衣ちゃんの扶養家族には、なれないの。 携帯電話の家族割引ひとつだって入れないんだよ。 ・・・私は、まだ小さなこの子を相手に、一体、何を言おうとしてるんだろう。 何を言葉にして、どう話にすればいいのか、私は、全く解らなくなってしまって。 自分の口と頭との繋がりが半分以上切れているように感じられて。 そんな、どこか夢を見ているような、おかしな感覚の中で。 急に、私の管理を離れたかのように、自分の口が勝手に動く気配が。 「だけど、いつか、麻衣さんのお嫁さんになりたい。」 え・・・? 今、私の口から出た、はっきりとした言葉は? <76> 今の言葉は、確かに私の声色をしていたけど、喋ったのは絶対に私じゃない。 だって、私の肩に持たれかかる、この優しくて暖かな人の事を、私は、さん付けで呼んだりなんてしない。 だけど、私には言った覚えが無くても、その言葉は確かに空気を伝ったようで。 私の口から出た言葉に、麻衣ちゃんがゆっくりと伏せていた顔を上げる。 「愛ちゃん。約束してくれるの?」 真剣な目で問いかけてくる麻衣ちゃんの表情が目に入ると。 とうとう、口だけじゃなく、身体全体が、私の管理を離れてしまったように。 私の首は、私の意思とは無関係に、大きく、一回、縦に揺れて、麻衣ちゃんに、はっきりと、肯定を伝えてしまっていた。 麻衣ちゃんの表情が、見る見る変わり、目を細めた、すごく優しい笑顔になる。 だけど、それが、一瞬、あれ? という感じの微妙な表情になった後、急に思い出したように、 「いま、『麻衣さん』って言わなかった?」 そう言って、少し怪訝な顔を私に向ける麻衣ちゃん。 私は今、どうやら、自分の意思で身体を動かそうとしても動かせない、金縛りにあったような状態になっていて。 なのに、さっきの麻衣ちゃんの言葉に答えるように微笑みを作り始める、自分の目許や口元の動きだけは感じられて。 私が作った表情から、やがて、ひとつの事に思い当たったらしい麻衣ちゃんが言ったのは、 「・・・ひょっとして、『あの』愛ちゃんなの?」 それに答えるように、私の身体には、また、私の意志とは別の力が働いて、私の首はゆっくりと頷く動きを見せていく。 今の私の反応で確信したように、麻衣ちゃんは、私の立っている位置に向かって、でも、明らかに私ではない人物に対して、こう言った。 「あたし、ちゃんとお礼を言わなきゃ、って思ってて。素敵なセーター、ありがとう。絶対、大事にするからね。・・・それから、あの日のカレーも。あれは反則だったけど・・・また作って欲しいよ、愛ちゃんの甘々カレー。」 そんな麻衣ちゃんの言葉を聞いて、私の口元がまた少し緩む動きを見せている。 それに呼応するように、麻衣ちゃんも、何とも言えない優しい顔になって、私の顔を覗き込んでいるけど。 今、麻衣ちゃんの目に映っているのは、確かに私の姿に間違いないけど。 だけど、本当の意味で麻衣ちゃんが見ているのは、私じゃない。 「麻衣さん」と呼びかけたのは、私と全く同じ子供時代や学生時代の記憶を持ち、そこから枝分かれして別の時間を歩んだ、「もしも」の世界の私。 今、麻衣ちゃんが言ったお礼も、私に対してのものじゃない。 セーターはともかく、カレーの話なんて聞いてないから、私。 話の流れからすれば、もう一人の私が、麻衣ちゃんと一緒にいた時にカレーを作ってあげて、それに何か事情があったみたいだけど。 ずるいよ。なんか嫌だよ。 話が解らなくて疎外感を受ける私。 かつて、麻衣ちゃんの恋人になりたいと思った私のライバルは、麻衣ちゃんの友達として存在する私自身と感じたりもしたけど。そんな事も思い出してしまう、自分の一面に嫉妬している今の私。 何か私って、どうやら結構、嫉妬深いみたいで。 麻衣ちゃんが私の前で他の人と仲良くしていたりすると、見るからによく解る子供っぽい言動を取っていたり、目に涙を溜めて泣き出す寸前みたいな表情をした自分が映った映像が残っていたりする。 嫉妬をするっていう事は、あんまり格好いい事じゃないとは思うけど。 でも、それは多分、想いの強さの裏返しで。それだけ執着しているものがある、って事に違いなくて。 大切に思っていて、こだわっていて、絶対に譲れないと思っていて、だからこその嫉妬と思えば。 私は麻衣ちゃんがこんなに好きなんだ、って事に改めて気付かせてくれる、貴重な機会。 他の子と遊ばないで、なんて。そんな台詞は、歌詞の中でしか言えないけど。 私は頭の中でそんな事を考えていたけど、口はまた全然違う事を喋り始めようとしていて。 「私も麻衣さんにお礼を言いたかったよ。あの一ヶ月間、私に優しくしてくれて、ありがとう。それから、勝手に出て行って、ごめんなさい。」 私の口が、そう喋ると、 「わかってるよ。全部わかってるつもりだよ。」 そう言いながら、目の前の麻衣ちゃんは私の方に腕を伸ばしてきて。 そして、その手が、ゆっくりと私の頭を撫で始める。 ときどき髪を梳きながら、繰り返し私の頭の上を往復する、優しい掌の感触。 昔から、私は、こうされるのが、とても好きで。 自分に注がれた愛情を実感できる瞬間だから。 それが何かは別にしても、麻衣ちゃんと私の間には、特別な繋がりが確かにあると感じられる瞬間だから。 そして、それは、もう一人の「私」にとっても、全く同じ事だったらしくて。 手も足も自由に動かす事ができない状態だけど、私は、頭の中も、胸の中も、もう身体全体が、暖かくて甘い気持ちで満たされていくのが、実感出来ていた。 少しうつむき加減で、ときどきは目を閉じて、黙って麻衣ちゃんに撫でて貰っていた、私の身体。 それがやがて、まるで充電が完了したサインのように、伏せ気味だった私の顔がすぅっと動いて、麻衣ちゃんの顔を見上げると、 「ありがとう麻衣さん。とってもとっても大好きだったよ。」 そんな言葉を口に出して、笑う。 麻衣ちゃんは、私の髪を撫でる手を止めると、 「私も大好きだよ。・・・だけど、なんで過去形なの?」 そう、聞き返したけど。 「今の事とかこれからの事は、本来の私に聞いてあげて。」 私の口は、そんなふうに喋り始める。 「・・・私ね。私も、それから、この身体にいるもう一人の私も、多分、自分の事だと本当に駄目なの。・・・自信が無くて、怖がりで、でも強がりの私は、麻衣さんに無理させちゃう、とか言って素直になれなくて。・・・そんなところは、きっと、私じゃない私も一緒だから、」 麻衣ちゃんは、それを遮るように、 「けど、それが愛ちゃんの優しさだから。判ってるつもりだよ。・・・あと、あたしね。さっき、無理してない、って言ったけど、それは訂正する。無理してるかもしれないけど、私は無理をしたいの。無理をしないと手に入らないものが、絶対に欲しいの。」 ・・・麻衣ちゃん。 心からそう思ってる、という表情での、はっきりとした宣言。 でも、そこまで想ってもらう価値なんて、私には全然無いのに。 そう思った瞬間、麻衣ちゃんが、こんな事を言った。 「愛ちゃんは、今、二人ともここにいるの? ・・・じゃぁ、愛ちゃんと愛ちゃんは、お互いを幸せに。それから、あたしも一緒に幸せにするって、約束しなさい。・・・ちゅーしてあげるから。」 「・・・それは・・・命令なの?」 思った通りに声が出たのは、多分、もう一人の「私」も同時に、同じ事を考えたから。 麻衣ちゃんは、私のその質問に、 「そう、命令。・・・最優先事項よ。」 どこかで聞いたような答えを返す。 それに対する、私の・・・私達の答えは、 「私達・・・その命令に従います・・・。」 <77> 麻衣ちゃんからの命令。 私は、麻衣ちゃんの部下とか使用人とか、そういう立場にいる訳じゃないけど。 だけど。麻衣ちゃんは、間違い無く、私に命令してもいい人。 他の人には、どう見えるのか解らないけど、年齢が同じ、麻衣ちゃんと私との関係は、多分、対称な形をしていない。 でもそれは、誰かに強要されたから、そうなっている訳じゃなくて、麻衣ちゃんと私がそれぞれ持っているもの、例えば性格とか家族構成の違いから自然にそうなっているんだと思う。 実際に妹がいる麻衣ちゃんは、私に対しても妹のような感情を抱く事があるらしいし、一人っ子の私には、ひと月だけでも先に生まれて、デビューも早く、背が高い麻衣ちゃんは、待望のお姉ちゃんという一面がある。 でも、そういう、出逢う前から決まっていた事を別にしても、お仕事やプライベートで麻衣ちゃんと長く一緒にいる内に、私たちには自然と役割分担のようなものが出来ていた。 そういう言い方を好まない人もいるだろうけど、私たちの付き合いを、例えば、ままごとに例えてみるなら、麻衣ちゃんが旦那さまの役で、私がお嫁さんの役・・・なんだと思う。 麻衣ちゃんは、シャープな表情も見せる美人さんだから、写真によっては男装の麗人みたいに映ってる時もあって、そんなところも、たくさんある麻衣ちゃんの魅力の一つだと思うけど、私は、そんな所が旦那さま、って言いたい訳じゃない。 いつも颯爽と私の前を歩いてくれて、にっこり笑って手を差し伸べてくれて・・・。麻衣ちゃんは、そんな人で。 あと、髪型とか服装の変化に気付いて、照れたりせずに真正面から可愛いねって褒めてくれたりするところ。 それから。本来の自分の枠を越えて、好きな女の子とか、そういう人の為に見せたりする、ここ一番の言葉や行動みたいなものを、男気と言うらしいけど。 同年代の女の子と比べ、男性からそういう扱いをされた経験の無い私は、自分に何かが足りないんじゃないかって、涙した事もあったけど。 私の場合は、そういうものを、全て麻衣ちゃんから貰うように出来ていたの。 構ってくれる、可愛がってくれる、優しく甘えさせてくれる。この人になら、私の全てを任せられる。 そういう素敵な人を旦那さまや彼にしたいって考えるのが自然な事なら、私の場合は、それが麻衣ちゃんだった、っていう、ただそれだけの単純なことで。 だから。 麻衣ちゃんが旦那さまなら、私は賢くて可愛い妻になる。 さりげないフォローと、細やかな気遣いと、どこまでも添い遂げる誓い。 難しい事だけど、多分、大丈夫。 だって、好き、愛しい、って気持ちがあって、私はこの人とペアなんだっていう自覚があれば、自然に出来るはずの事だから。 身体と身体が寄り添って、心と心が寄り添えば、自然にそうなっていくはず、の事だから。 船頭多くして、船、山に登る、っていう言葉があるけど、リーダーが複数いるようなグループは、どこへ進むか解らなくなりがちだし、逆に一人も決まっていないようだと、譲り合うばかりで前に進まない。 だから、お仕事の現場でもペアの立場にいる私たちが、主と従のように綺麗に分かれる関係を持っているのは、むしろ自然な事だと思う。 麻衣ちゃんと私のユニットが出すCDには、ユニット名がクレジットされるけど、それは、中原麻衣&清水愛、であって、その時々で逆に表記されたりはしない。 あのPVでも、麻衣ちゃんの方にリードする役が配役されてる、っていう事は、麻衣ちゃんと私って、人からも多分、そんな感じの見え方をするんだと思う。 それに、今もそうだったけど、いつからか私は、自分たちの事を、「私と麻衣ちゃん」ではなく、「麻衣ちゃんと私」って言ったり書いたりする事が普通になっていた。 これも妻の自覚・・・そんなふうに考えて幸せに浸るのは、いけないこと? そして、今。麻衣ちゃんからの命令。 麻衣ちゃんは、素直になれない私の扱い方をちゃんと心得ていて、そんなところも頼りになる旦那さま。 うん、そうだね。この身体は、私一人だけのものじゃなかったんだ。 だから、あの子の。頑張ったもう一人の「私」に、ご褒美をあげよう。 もちろん、頑張った麻衣ちゃんにも。 麻衣ちゃんはともかく、私じゃ「ご褒美」にはならないかもしれないけど。 でも、頑張って尽くすよ。たくさん癒してあげたいよ。 ・・・それはいつ、なんて聞いちゃいけない。余程の事がない限り、たぶん、十中八九、この約束は約束のまま終わる。 だけど、今日、私たちが約束した事実は消えたりしない。 これまでも、麻衣ちゃんとは、いろんな約束をしたけど。 今から誓うことは、その中でも最大のものになる。 最大って言うよりは、壮大。 人間、五十年って言った人がいたけど、もしそうなら、私は人生の半分が麻衣ちゃんと一緒。 ・・・でもホントは。そこまでの事は、普段の私には、口に出せるはずの無い事。 実現する見込みが期待出来ない約束をするのは、出来もしない事を出来ると嘘をつくのと、どれだけ違って見えるんだろう。 私は嘘をつきたくないよ。って言うか、嘘をつくのは怖いよ。 最初は嘘じゃなかったものが嘘になっていくのは、辛い事だよ。 だけど。 それでもいいって言ってくれるなら。 それで喜ぶ人がいるのなら。 もう一人の私を幸せに。麻衣ちゃんも一緒に。・・・麻衣ちゃんと一緒に。 頭に浮かんだ言葉が、素直に声になる。 「一生、付いていっても、いい?」 麻衣ちゃんの顔を見上げて。いい表情が出てればいいけど、私。 (続く →9.公園の白百合III) |